天白区の内科・胃腸科・消化器内科・消化器内視鏡科・小児科・漢方治療

院長紹介Doctor infomation

院長ごあいさつ

     医学博士  青木 茂
 
       長文ですので、お急ぎの方は飛ばしてください。

あおきクリニックは、
2008年10月22日に開院しました。

開院までは、各地区の基幹病院に勤務し、多くの患者さんと出会い、喜びや苦しみを患者さんやそのご家族と分かちあってきました。

一般外来や救急外来、病棟での入院治療を通じて多くのこと経験しました。
専門の消化器内科、内視鏡の技術も生かして、今後は基幹病院の一医師ではなく、自分の名前を全面に出した
あおきクリニックの院長として私を頼ってくださる地域の皆様、これまで診させていただいた病院での患者さん、私を信頼してくださる医院や病院の先生からのご紹介の患者さんとともに残りの医者としての人生を生きていこうと考えています。

ご家族ぐるみで信頼されるかかりつけ医を目指して、お子様からお年寄りまで診させて頂きます。



・経歴

1967年2月 名古屋市で誕生(旧 城西市民病院)

地元の自由が丘小学校、千種台中学を卒業後、県立千種高校を経て、名古屋市立大学医学部に入学しました。

こじんまりとした大学ではありますが、同級生は地元出身者が多く、現在も地元で活躍しているので、科を超えて相談できるよき仲間達です。
春には毎年、同級会を開いています。

1992年 名古屋市立大学第一内科入局

医者の王道である内科 しかも最も厳しいといわれる第一内科に入局しました。
毎晩午前さまの厳しい研修医生活でほぼ365日病院に出勤しましたが根性は培われたような気がします。

1993年 静岡県湖西市立湖西病院 (旧共立湖西総合病院)赴任

湖西市、新居町のやさしい住民の皆様が若いころの自分を
とても優しく迎えてくださりました。またすばらしい上司に出会い、思う存分勉強させていただきました。
こんな若い医者でありながら、主治医として、慕ってくださった患者さんは今でも忘れられません。感謝しています。

学生時代に知り合った妻と結婚したのはこの時期であり、長男も誕生しました。浜名湖の魚は最高で、よく魚釣りに行きました。

静岡での経験は医者としての基礎であり、かけがえなのない大切な思い出でもあります。


1997年から 岐阜県立多治見病院 赴任

東濃地区での中核病院で、消化器科医(医長)として消化器病の極意を体験。
多くの先輩や同僚、研修医の先生と夜遅くまで症例の検討会や
消化器の検査の向上について勉強しました。

次男が生まれたのはこの時期です。趣味のゴルフを始めたのはこのころからです。

岐阜での経験は消化器内科医としてさらに成長させていただきました

2001年 名古屋市立大学 帰局

大学病院では患者さんの診療にあたりながら、
夜は第二病理学(当時の栄本教授)にお世話になり、
自己免疫性膵炎の研究に取り組み、医学博士を取得しました。

臨床の現場に応用できる基礎研究は、現在のIgG4関連疾患の診断に大きな貢献をしていると自負しております。

2004年 名古屋市立緑市民病院 赴任

中央検査科部長に就任し、一般臨床に携わり、また市民病院の現状を知り、さらに多くの経験をさせていただきました。
三男が生まれたのもこの時期です。

2007年 緑市民病院 退職

その後は開業に向けて、メイトウホスピタルやその他の病院の先生にお世話になり、介護、皮膚科や小児科などの勉強をさせていただきました。

2008年10月22日 あおきクリニックを開院

がんの早期発見の思いについてはこちらから

・所属学会など
日本内科学会
日本消化器病学会専門医
日本消化器内視鏡学会専門医
日本肝臓学会
日本消化管学会
日本プライマリーケア連合学会
VPDを知って、子供を
守ろうの会 賛助会員

医学博士

栄光八事幼稚園 園医
にじの花保育園 園医


・趣味

スポーツ観戦。われを忘れて試合にのめり込むこと。
やんちゃな息子たちと格闘すること。
下手なゴルフ


・最近興味をもっていること

腸管フローラ(とても希望の持てる新しい分野で消化器内科医としても興味深々です)
コーチング(ルー・タイスのコーチングのおかげで、日々のストレスが減ってきました)
西洋医学と東洋医学の統合


・将来の夢

世界中のメジャー大会(五輪、サッカー、テニス、ゴルフ、野球などなど)を観戦してまわること